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最高裁判所第三小法廷 昭和28年(オ)1397号 判決

上告人 石原常盛 外一名

被上告人 検事総長 花井忠

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人山下季重の上告理由について。

上告人らは、上告人ら夫婦の子石原道夫が、戸籍上、上告人常盛の母石原幾奴の子として不実の記載がなされているとし、検察官を被告として、幾奴と道夫との親子関係不存在の確認を訴求するものであるが、幾奴も道夫もすでに死亡しているというのであるから、ひつきよう過去の法律関係の確認を求める不適法な訴であり、検察官を相手方となし得るものとする人事訴訟手続法二条三項を類推適用すべき根拠のないものである。それ故原判決が、本訴を不適法となしこれを却下すべきものとして控訴を棄却したのは正当であり、同法三二条二項、二条三項の類推適用を主張する論旨は独自の見解にすぎない。論旨は、原判決は、不自然不真実の公簿の記載を是正する利益と必要を看却するものであるというが、現に生存する道夫の子の道子と上告人常盛との間の戸籍上の伯父姪の身分関係についてその不存在なることを確定し右に関連する不実の戸籍記載を是正することは不可能ではないから、所論の点は格別懸念する必要のないものであり、未だもつて右の解釈を左右する理由とするには足らないものである。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 島保 裁判官 河村又介 裁判官 垂水克己 裁判官 高橋潔 裁判官 石坂修一)

上告代理人山下季重の上告理由

右当事者間の昭和二十八年(オ)第一三九七号親子関係不存在確認請求事件につき上告理由書を提出する。

第一点 原審及第二審は法律の解釈を誤つている。

そもそも上告人が本件の訴訟を提起するに至つたのは、亡道夫の子敏子は道夫死亡後、母チリ子も昭和二十四年十一月四日離籍したので、現在では戸籍上親のない孤児になつてしまつたので上告人常盛は、民法第七八三条第二項によつて道夫を認知し敏子を孫にしようとしたが、さすれば道夫は上告人常盛と幾奴(上告人の母)との間に生れた子として戸籍に記載されることになるので、此の不自然と不真実を是正する法律上の手段につき法務局並に家庭裁判所等につき訊ねたが、その方法がないので万策つきて茲に本訴を以て先づ幾奴と道夫とには親子関係のないことを確定し、然る後道夫を認知しようとした次第であるが、若し第一、第二審の如く準用すべき法令がないとして排斥されるに於ては、不得止上告人常盛は道夫を認知するに至るであろう。さすれば神聖なる戸籍簿に不自然と不真実が公然と記載されることになる。

斯うした場合上告人常盛並に敏子等の蒙る不名誉と不利益は先づ忍ぶとするも、斯くの如き不自然と不真実を公簿上に存置し、之を放置して宜いものか、公簿上の記載を真実に合致せしめることこそ国家の関与すべき重大な事柄ではなかろうか。然るに第二審裁判所は本件の訴訟は人事訴訟そのものではないが人事に関する訴訟であるので、人事訴訟法を類推して処理するは勿論であるけれども右人事訴訟手続法は本訴と類似の固有の人事訴訟にすら同法第二条第三項を準用すべきものとは規定していないのであるから類似の人事訴訟である本件に於て、同法第二条第三項を準用して検察官を相手となし得べきものとは到底解することが出来ないとして控訴を棄却したのであるが、所論の固有の人事訴訟とはその意不明瞭であるが、恐らく嫡出子否認の訴を指すものと解するも、本訴は子を否認せんとするものではなく、むしろこれを認知しようとするものであつて固有の人事訴訟として類推準用せんとせば、人事訴訟第三二条第二項(第二条第三項の規定は子の認知の訴訟に之を準用す)を類推準用するを相当と考える。殊に前述の如く親子関係不存在確定の利益あり且つ放置し難き重大なる公益上の理由がある場合に準用すべき規定がないとして排斥したままに置くべきでなく、進んで事実の真相を究め利益を救済し公益を保持するこそ正に裁判所の採る職責ではなかろうか。そもそも人事訴訟につき公益代表として婚姻並親子関係事件につき検事を関与せしめる所以のものは公益に重大なる関係ある場合であるが、本件の場合を人事訴訟上検事関与の場合に比するも、ことさらに重大な理由があるのであるから人事訴訟につき検事関与の第二条第三項及同第三二条第二項を類推し、之を条理として適用し以て不真実を是正し公益を保持することこそ最も人事訴訟法の精神に副い且つ民法第七八三条を遺憾なく活用することが出来るものと信ずる。

本件は旧民法が生んだ一つの悲劇であつて鹿児島家庭裁判所につき調べた処では、戦歿者の遺族には如斯事例が多々あるが何んとも致し方がないと語つていたが、日本中には同様な事情に悩んでいるものが夥多あることと思はれるので何んとか救済すべき切実の理由があることを申添えて置きたい。

以上

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